『続・ゆっくり、いそげ』と学校づくり

読書

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恩師に「異業種から学べ!」と言われて、様々な企業の経営関係の本を読んできたけど、最近は、すっかり教育本ばかりになってしまっていて、久しぶりに教育本ではない本を読んで、すごくいい本に出会った。

それが、西国分寺にあるクルミドコーヒーの影山さんの本『続・ゆっくり、いそげ』。

一貫して、語られているのは、「△から▽へ」ということ。(詳しくは、手に入りづらいけど、ぜひ読んで欲しい)いま僕が携わっている学校づくりに、どう向き合うか、ということを問われる内容。

量の意味でも質の意味でも組織体の大きな部分が失われたとき、それでもそこに残ったいのちが生き続け、ときにはそれまで眠っていた別の能力を開花させたりしながら、失った分を補い、育ち直し、続けていく。そのためには、少し禅問答のような言い方にはなるが、個が個でありながら、同時に全体でもあるというようなあり方が必要になってくる。(p.42)

全体の部分を、それぞれが分担して作りあげていくほうが効率がいいことかもしれない。でも、効率よく作り上げていくより、個でありながら、全体である、という意識を持っていくことが、組織としてはしなやかになっていく。自分ごととして、とらえて前に進めるか、どうかは、「教室リフォーム」の実践をしたときに、その大切さを痛感している。

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清水博『コペルニクスの鏡』の一文が紹介されていて、この部分にも、ぐっときた。僕のいまの自宅は、地元の素敵な工務店さんと一緒に丁寧につくりあげたもので、大工さんにも何度もお会いしていて。家の中にいても、そういう方々の顔を、ふとした瞬間に思いだして、暖かい気持ちになる。そんなことを思い出した文章だ。

目に見えないけど、縁がたくさん積もっている場所ほど、<いのち>がつながりやすいのさ(p.99) 

一人一人のスタッフの思い、子どもたちや地域の人たちの思いや、縁が積み重なっていったら、どんな学校になっていくんだろう。そして、自分ごとにして、たくさんの人の手が入って、縁が積もれば積もるほど、そこで育まれていく<いのち>は、きっと豊かになっていくはず。

いまやっている学校づくりは、レンガを積んで建物を作っていくというより、それぞれが植物になって、うねうねと植物園を作っているようなイメージがある。

種から芽を出す時には、とてもエネルギーがいるはず。あんなに硬いタネを、あんなに柔らかい新芽が突き抜けるって、すごい。自然の力は不思議だ・・・。

自分という植物が、どうやって育っていくか。始まったばかりの挑戦で、個人的にはワクワクもあるし、先が見えない不安もある。ただ、そんな不安を味わることを幸せに思いながら、楽しんでいこう。ゆっくりいそぐこと。こんなことを僕の芯として進めていきたいと感じた一週間だった。

屋久島の縄文杉に、また会いに行きたい。あの木たちは、ゆっくり大きくなったから、丈夫になったんだと地元のタクシーの運転手から聞いた。

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